なぜ放り出してあったblogを懲りずに再開してみようと思うのか
blogを数年間書いていた。でも一年以上更新していない。
なぜ更新をやめてしまったのか、本当の理由は自分でもよくわからない。
面倒になってしまった、とか、飽きてしまった、というのは理由の一部ではあるだろうが、それまでにも同じような気持ちになったことは当然あったはずなので、すべてではないだろう。
3.11の地震のせいかな、とも自分では思ったりする。
あの直後、友人が津波で家族も家も失ったと聞いて、あれが楽しいだのこれが美味いだのけしからんだのと暢気なことを披露する気になれなかったのは正直なところである。
すでに始めていたtwitterやfacebookに書き込めば気が済んでしまった、というのもある。特にfacebookは友人知人しか読んでいないだろうという甘えもあって、軽々しい内容でも送ってしまうので気楽そのものだし、反応もダイレクトで楽しい。その同じ事をあらためてblogに書くというのもくどい気がする。
自分が以前blogに書いた記事を、ふと読んでみた。
へえ、今の自分と違うことを考えているなあ、と感じた。そういえばむかし使っていた日記やノートを読むと、別の自分がそこにいたのだなあと感じる時があるが、それと同じである。若気の至りというか、先が読めないというか、そのときどきで人間は愚かで、それは死ぬまで治らないのである。
その愚かさを留めておくには、ソーシャルメディアでは短すぎる気がする。
で、再開するに当たりいままでお世話になっていた「はてな」さんには感謝と共に別れを告げ、こちらのgoogleさんに身を寄せようと思う。理由は特にない。
少し続いたら、公開しようと思っています。
なぜ更新をやめてしまったのか、本当の理由は自分でもよくわからない。
面倒になってしまった、とか、飽きてしまった、というのは理由の一部ではあるだろうが、それまでにも同じような気持ちになったことは当然あったはずなので、すべてではないだろう。
3.11の地震のせいかな、とも自分では思ったりする。
あの直後、友人が津波で家族も家も失ったと聞いて、あれが楽しいだのこれが美味いだのけしからんだのと暢気なことを披露する気になれなかったのは正直なところである。
すでに始めていたtwitterやfacebookに書き込めば気が済んでしまった、というのもある。特にfacebookは友人知人しか読んでいないだろうという甘えもあって、軽々しい内容でも送ってしまうので気楽そのものだし、反応もダイレクトで楽しい。その同じ事をあらためてblogに書くというのもくどい気がする。
自分が以前blogに書いた記事を、ふと読んでみた。
へえ、今の自分と違うことを考えているなあ、と感じた。そういえばむかし使っていた日記やノートを読むと、別の自分がそこにいたのだなあと感じる時があるが、それと同じである。若気の至りというか、先が読めないというか、そのときどきで人間は愚かで、それは死ぬまで治らないのである。
その愚かさを留めておくには、ソーシャルメディアでは短すぎる気がする。
で、再開するに当たりいままでお世話になっていた「はてな」さんには感謝と共に別れを告げ、こちらのgoogleさんに身を寄せようと思う。理由は特にない。
少し続いたら、公開しようと思っています。


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